音楽の基礎 バッハ・インヴェンションを学ぶ
~樋口紀美子先生によるレクチャー&公開レッスン~
2019.1.20(日) 14:45-18:40
スタインウェイサロン東京 松尾ホール

2019年1月20日(日)日比谷スタインウェイサロン東京 松尾ホールにて「音楽の基礎
バッハ・インヴェンションを学ぶ~樋口紀美子先生によるレクチャー&公開レッスン」
が開催されました。
セミナーは〔第1部〕樋口先生によるバッハ・インヴェンションのレクチャーと全曲
演奏、〔第2部〕バッハの曲による公開レッスンの2部構成で行われました。当日は50
名を超える方々の参加があり、一年で最も寒い時期にもかかわらず、会場は汗ばむほど
の熱気に包まれました。ドイツで33年にわたりピアニスト、指導者として活躍されドイ
ツの空気や音楽を肌で感じてこられた樋口先生のレクチャーと演奏に期待が高まります。
第1部ではまずはじめに、バッハ自身が書いたインヴェンションの前書きを樋口先生
がドイツ語で読んでくださいました。そこには、「カンタービレで弾くように」という
ことがはっきりと書かれてあり、バッハを弾く上でカンタービレは一番大事なことだと
先生は強調されました。とかくバッハの音楽を堅苦しいもののように捉えがちな日本の
教育を受けてきた私たちには、新鮮な驚きです。バッハをカンタービレで弾く、それは
ロマン派のようなテンポルバートを伴ったカンタービレではないけれど、音の上がる・
下がるや、メロディーの音と音の間の音程や上声と下声の間の音程がどのくらい離れて
いるかを常に意識し、心の中でそれを感じながら弾くことだと先生は教えてくださいま
した。ピアノという楽器は他の楽器と違い演奏者自らが音程を作らなくてもよい楽器で
すが、ピアノを弾く人ももっと音程を感じること、音程感覚を持つことが大切だと、各
曲解説や公開レッスンの際に話されていました。

また、私たちが最も迷うアーティキュレーションについては、2度はレガート、3度と
4度はポルタート(ノンレガート)、6度や8度はスタッカートという基本はあるものの、
曲によって演奏者によって何通りもの解釈や素晴らしい可能性があるそうです。アーテ
ィキュレーションが作曲者によって示されていないから難しいと思うのではなく、樋口
先生がおっしゃるようにフレーズがどのように始まり、どこで終わり、どこにつながっ
ていくのか、様々な可能性を考えて試しどう弾くかを楽しむぐらいの気持ちを持ってバ
ッハの音楽をもっと楽しんでいきたいと思いました。
レクチャーの後には、樋口先生がインヴェンション全15曲を通して弾いてくださいま
した。各曲のポイントを伺ってから聴く演奏はなるほどと感じることも多く、レクチャ
ーだけでは得られない貴重な学びとなりました。あらためて15曲を通して聴くことで、
樋口先生がおっしゃる前の曲から次の曲への調性の移り変わりを味わい、インヴェンシ
ョンの新たな魅力を発見できた感じがします。

休憩を挟み、第2部の公開レッスン。冒頭、樋口先生
の「音楽に上手、下手はありません。今日初めて聴か
せていただく方もいらっしゃるけれど、その方の人間
性、出会いを楽しみにしています。」との大変印象的
なお言葉に続いて始められました。
まず受講生の良い所を褒めて引き出し、問題解決の
ための方法が次々と提案され、演奏がより音楽的に生
き生きと変わっていく、先生の持つ音楽の深さと熱意
に、受講生のみならず聴講している私たちも引き込まれるレッスンでした。
第1部のレクチャーで話されていた「心の中で感じて音楽をやること」「音の方向性
を感じ表現すること」そして「それぞれの調性が持つイメージを感じ調性の変化を味
わうこと」などが実際に受講生の演奏に対して投げかけられるので、受講生の演奏の
変化を通して、バッハを生き生きと自然に弾くために大切なことがよく見えてきます。
「バッハの時代の音楽は個人的な感情ではない、もっとユニバーサルで宇宙まで行っ
てしまうようなもの」という先生のお話に、なるほど...だからバッハの音楽は普遍的
であり、音楽の基礎なのだと思いました。

素晴らしい現代のピアノで、素晴らしいバッハの音楽を
演奏すること―それは、樋口先生の師J.S.バッハ国際ピア
ノコンクール創設者のW.ブランケンハイム先生が生涯をか
けて目指し、伝えてきたことだそうです。ピアノが好きで
好きでたまらないとおっしゃる樋口先生の音楽への情熱に
あふれた、非常に密度の濃いセミナーからは、現代のピア
ノでバッハを生き生きと演奏するための示唆と、たくさん
のヒントやアイディアをいただくことができました。
樋口先生、4時間にわたるエネルギッシュで素晴らしい
セミナーをありがとうございました。
〈Rep.古川恵美〉